【饗宴】ハーネス東京、リーベゼーレとの共同ブランド設立パーティを開催

2022-07-12

3日間にわたる饗宴

6月24日から3日間に渡り、ハーネス東京とラグジュアリーSMグッズブランド、リーべゼーレによる共同ブランド設立発表のパーティが盛大に催された。

パーティではブランドネームの発表がなされただけではなく、リーベゼーレのプロダクトも多数展示され、ユーザーが実際に試用する機会も提供されたのであった。

いわばプレスリリースとユーザーミートアップが同時に開かれたのである。

以前にもお伝えしたが、いわゆる「ハプバー」と呼ばれる業態で、このようなパブリシティ活動が行われるのは、史上初の試みではないか。

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私もパーティに参加し、ハーネス東京のデザイナーと、リーベゼーレの担当者から貴重なお話をいただいたので、コラムで紹介させていただきたい。

リーベゼーレという偶然

まずはリーベゼーレ担当者とのやり取りを紹介していこう。

ハーネス東京のデザイナーから、リーベゼーレ担当の青年を紹介されて、お互いの自己紹介を終えた後、私はどのような経緯でリーベゼーレで働くことになったのかを尋ねた。

そうすると、「人づてに紹介されて働くことになり、採用が決まった後に高級SMグッズを製作していることを知った」というのである。

リーベゼーレは海外ブランドと勘違いされることもあるが、実は和歌山県の企業である。
俄かには信じがたいが、和歌山から来た青年は、何も知らないままに高級SMグッズメーカーで働き、気がつけば、東京随一の豪華さを誇るハプバーにいたのである。
そのこと自体がハプニングであるとも私には思えたし、その偶然性に奇跡のようなものを感じざるを得なかった。

ハプニングバーという空間がもたらす偶然性や祝祭性を愛する私は、このエピソードに心を奪われてしまった。
興奮の中、私は質問を続けた。
リーベゼーレというブランドネームの由来について聞いてみたのである。

「リーベゼーレという名前は、オーナーが知人のドイツ人より聞いた言葉をブランドネームとして採用した」というのである。

ちなみに、Liebe Seele(リーベゼーレ)というのはドイツ語であり、英語ではDear Soul、つまり「親愛なる魂」というような意味合いの言葉である。

「装え、汝の親愛なる魂を」

ドイツ人が残したリーベゼーレという言葉の詳細な意図までは聞けなかったが、私はバッハのカンタータ BWV180 「Schmücke dich, o liebe Seele」からの引用ではないかと推測した。
(カンタータはプロテスタント教会の礼拝用に書かれた音楽であり、プロテスタントがルターの宗教改革によってドイツで生まれたことを考えれば、まったく根拠のない推測でもないだろう。)

それは以下のようなものだ。
大雑把に説明すればカンタータというのは、プロテスタント教会で歌われる聖歌の一種である。

このカンタータの曲名「Schmücke dich, o liebe Seele」というドイツ語には、一般的に「装いせよ、おお、わが魂よ」という古風な趣きの日本語が充てられている。
しかし、ここで私は、もともとの"Liebe"(英語で「Dear」、日本語で「親愛」)という言葉を訳出し、 「装え、汝の親愛なる魂を」とやや現代的な表現に言い換えることにした。

リーベゼーレという言葉を、カンタータの曲名の一部として捉えなおすと、私のなかでブランドの意図が明確になった。それは神の啓示のようでもあった。

リーベゼーレが提供するのは、高級SMグッズである。
身体に身に着けることを目的とした単なるアクセサリーではない。
大人の隠れた趣味であり、特別な人間関係のなかで使用する崇高なプロダクトだ。

そうすると、物理的に身体へ装着するだけではなく、特別な関係性や空間の中で、自分の大切な心(魂)へ身に着けるような、そういうプロダクトを提供したいというオーナーの願いが、このリーベゼーレという言葉に込められているのではないかと想像できるのである。

ハプバーとマタイによる福音書

さて話は前後するが、カンタータというのは聖書のエピソードに基づいている。
「Schmücke dich, o liebe Seele」の場合は、聖書のうち、マタイによる福音書にある「婚宴のたとえ」をベースとしているのだ。

今更ではあるが、冒頭の引用文も「婚宴のたとえ」からの一文だ。この引用文を解説するにあたり、聖書のエピソードを紹介しよう。

王様が王子の結婚式に民衆が招待したところ、なかなか人が集まらず、ようやく集まっても、招かれた客には礼服を着てこない者(当時は招待者が礼服を提供していた)がおり、追い返したというたとえ話である。

このたとえ話は、いくら素晴らしい場に招かれたとしても、それに相応しい心構えがなければ、恩寵を受けることはできないという教訓を示した寓話であるとされる。

この寓話のなかで、王様のセリフとして冒頭の引用文「それ招かるる者は多かれど、選ばるる者は少し」という聖句が登場するのだ。
この聖句の現代語訳は、「招かれる人は多いが、選ばれる人は少ない。」である。

そして、カンタータは、このエピソードを「装え、汝の親愛なる魂を」という言葉にして、曲名にしているのだ。

冒頭引用したマタイによる福音書の聖句を、昨今のハプバーに当てはめれば、いかに店が楽しい空間を提供しようとも、マナーやその場に相応しい立ち振る舞いがなければ、遊ぶ機会に恵まれないという教訓を示しているとも考えられる。

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「IDにバイアスをかけろ」

「招かれる人は多いが、選ばれる人は少ない。」という言葉は、下賤にいえば、ハプバーに来ても、単女に選ばれる単男は少ないということだ。

たびたびコラムでも指摘しているが、現在のハプバーは、店舗によってはルームがほとんど稼働していない状況である。そのような状況に対し、ハーネス東京は空間をデザインするというアプローチによって、アーキテクチャレベルからコミュニティを再構築した。

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そして、今度は空間だけではなく、人間同士を媒介するインストルメント(器具)も準備しているようだ。
ハーネス東京とリーベゼーレが共同ブランドでリリースするプロダクトがそれである。
今回のパーティでは、そのブランドネームが発表されたのだ。

「Bias The ID」である。

さっそく、私はブランドネームの意図についてデザイナーに質問した。
偏った(Bias)自己認識(ID=identification)というような意味合いであるという。

それは「共同開発のSMグッズによって自己認識を偏向させる」というコンセプトを示したものであるのかもしれない。
あるいは、「共同開発のSMグッズを使用することで、自分でも気が付いていない偏った自己認識を覚醒させる」というコンセプトを意図した名前であるとも想像できる。

しかし私は、「Bias The ID」を意訳し、あえてこのように解釈した。

「IDにバイアスをかけろ」である。
どのような意味なのか?

プラットフォームにハプバーは存在するか

現在社会は、GAFA的なプラットフォームによって覆いつくされ、ID管理により世界が均質化されようとしている。
そのような世界にハプバーを含めたアングラは成立し得るのだろうか。
人々の秘めたる性癖が解放される場は存在するのだろうか。
それは近時わたしの課題でもあった。

その疑問に対する回答が、私にとってはハーネス東京であった。
前述したが、空間デザインという手法で、ハプバーという物理空間を構成することにより、プラットフォームの支配され同質化した情報空間に対して、抵抗するような気構えを感じたからである。

ハプバーへの興味がなくなったのは、Twitterでつながることによって、物理空間と情報空間、日常と非日常の隔たりがなくなり、どの店でも同じようなコミュニケーションがなされている現状に辟易したからだ。
本来は歪(いびつ)であるべきハプバーという空間においても、プラットフォーマーが提供する均質な情報空間のように、個々の人間の立ち振る舞いには、システムによって割り振られたID(アカウント)程度の差異しかないのである。

そこにあるのはSNSでのナンパと同じように、ルーティン化された当たり障りのない凡庸なコミュニケーションだけだ。
本来のハプバーで実現し得た、潜在的な自意識の解放や包摂制とは無縁である。

そして、昨今のハプバーにおいて、時は一定の速度で一定の方向にのみ進行し、刹那が永遠に感じられるような主観的な時間は存在しない。
前者の時間をクロノス、後者をカイロスと呼ぶが、均質化された空間を支配するのは、クロノス時間だけなのである。

そのような時間が流れる空間では祝祭はもたらされない。
このような理由で、プラットフォームにハプバーは存在しないと、私は結論を出した。

「斜めに見る」ということ

ブランドネームの「Bias The ID」を「IDにバイアスをかけろ」と解釈した真意について説明する前に、まずはBiasという言葉について、辞書の記述を部分的に引用しよう。

n.
1 (布目に対する裁ち目・縫い目などの通例45°の)斜線,バイアス.
2 (…への)心理的傾向[性向]((to,toward ...));(…に対する)偏見((against ...)) (prejudice は bias より不合理で,通例,非好意的な先入観);(…に対する)えこひいき,強い好み((for ...))


━━ v.t. (-ased,-as・ing;((特に英)) -assed,-as・sing)
1 (…に対する)偏見[先入観]を抱かせる((against,in favor of ...));〈判断などを〉偏らせる;(特に不当な)影響を与える,ひがませる
2 〔電子工学〕 バイアスをかける.


━━ adj. 〈縫い目などが〉斜めの,はすの.


━━ adv.1 はすに,斜めに,対角線に沿って.2 ((廃)) 間違って,まずく(amiss).

小学館 ランダムハウス英和大辞典

このように"Bias"という言葉の原義は、「斜め」という意味にある。
これを踏まえて、「Bias The ID」というブランドネームには、Twitterのアカウントに象徴されるようなIDで管理される現実を「斜めに見ろ」というメッセージが込められていると、私は解釈した。
そして、それはID管理によるプラットフォームカした社会を疑えという警告でもあるように思えた。

ハーネス(武具としての、安全としての、動力としての)

ところで、今更ではあるが、"harness"という言葉の意味についても調査した。
(語源については、Wikitionary、意味については、小学館 ランダムハウス英和大辞典を参照)

まずは語源を解説していきたい。

Etymology

From Middle English harneys, harnes, harneis, harnais, herneis, from Anglo-Norman harneis and Old French hernois (“equipment used in battle”), believed to be from Old Norse

 *hernest, from Old Norse herr (“army”) + nest (“provisions”). More at harry.

Wikitionary

"harness"の語源を辿ってみると、軍隊の糧食("army" + "provisions")を意味する古ノルド語(Old Norse)からの借用語であると推測され、古フランス語では"hernois "として、武具(“equipment used in battle”)を意味する言葉であったようだ。
なお、中期英語(Middle English)では、"harnes"という綴りであったようだ。
店名ロゴの"HARNES"は、中期英語に基づく正統な単語であって、「俗語」ではなかったということである。

続いて、部分的に辞書を引用し、意味の解説も行おう。

n.
1 (馬・牛・犬など引き荷用動物の)引き具,馬具.

5 馬具に似た形のもの.
 (1)犬の首輪.
 (2)(航空機・自動車などの)安全ベルト.
 (3)(パラシュートの)背負い革.
 (4)(乳母車の)安全ベルト.
 (5)(赤ん坊を抱いたり,おぶったりするときの)おぶいひも.

7 ((古)) (人・馬の)鎧(よろい);武具.

━━ v.t.
1 〈馬・ロバ・犬などに〉引き具[馬具]をつける,(乗り物などに)引き具でつなぐ((to ...))

2 〈自然力を〉動力化する,利用する((to ...))

3 ((古)) 〈人に〉鎧[武具]を着ける.

小学館 ランダムハウス英和大辞典

もともとは武具を示す言葉であったことに由来し、「馬具」という名詞が第一義となっている。
しかし、日本人の感覚からすれば、むしろハーネスというのは、工事現場などで見かける「安全帯」(安全ベルト)を端的に示す固有名詞だ。

また興味深いことに、動詞では「動力化する」という意味もみられる。
ハーネスが馬と馬車をつなぐための器具であったことによるものだろう。
(もともと馬や牛は動力源(Engine = Energy + Generator)である。) 

このようにハーネスという言葉は多義化しており、プラットフォームに抗うための武具であり、アングラ空間を維持するための安全装置でもあり、秘めたる本能を引き出すための動力のサポートでもあるというふうに、さまざまな想像を促すものだ。

ふたたび「装え、汝の親愛なる魂を」

ここまできて、前半で紹介した「装え、汝の親愛なる魂を」という言葉に隠された「しかけ」が、ようやく明らかになってきた。

「装え」というのは、ルールをわきまえるという意味だけではなく、「ハーネスを装え」ということでもあったのだ。

実際にハーネス東京の店内には、試作段階と思われるリーベゼーレのハーネスがディスプレイされ、使用できるようになっている。(Twitterの投稿で、写真の女性が装着している器具がそれである)

つまり、偶然であるかもしれないが、「ハーネス東京でリーベゼーレのハーネスを装う」ということなのである。
(もっとも、ハーネス東京とリーベゼーレの共同ブランドで、ハーネスがリリースされるかどうかは正式には発表されていない)

合理性を超えて

あまりにも文章が長くなってしまったため、ここで筆をおこうと思う。
しかし、その前にリーベゼーレ担当者が語ったエピソードを紹介したい。

もともとリーベゼーレを提供している会社は、長いあいだSMグッズのOEM生産を請け負っていたというのである。近年になってようやく自社ブランドを立ち上げたというのだ。
詳しい話は聞けなかったが、オーナーが自社ブランドのリーベゼーレにかける熱意は相当なものではないだろうか。ブランドヒストリーについても機会があれば伺ってみたい。

このような7000文字を超える長文を書いたのはなぜか?

実際のところ、ファクトベースのシンプルなレビューをコラムとして書くことも可能であった。
しかし、私はこのコラムを書くにあたり、普段援用する法律学を除き、宗教学、言語学、現代思想など持ちうる全てのリソースを投下した。

何かが私をそうさせたのである。

和歌山から来たハーネス担当者の性根の良さや自社のプロダクトにかける想い、
巨額な資本を投下し、自らが理想とする空間とコミュニティに人生を捧げるハーネス東京のオーナー、
長い間、OEM生産を請け負い、ようやく自社ブランドを立ち上げたリーベゼーレのオーナー、
スタッフの丁寧な接客や、紳士的なお客さんとのひとときの会話
(ハプバーでは珍しく、ハーネス東京では不快な思いをする瞬間がなかった。しかし、ハーネス東京オーナー、リーベゼーレ担当者との会話に夢中になるばかり、女性への対応がおざなりになっていたことを、この場を借りてお詫びしたい)

パーティに集まったこれらの要素が一体となって、気が付けば、このように筆を執っていたのである。
合理性を超えた振る舞いだ。
しかし、それはハプバーそのものであるように、私には思えた。

繰り返しになるが、ずいぶんと前からハプバーからは興味が離れていた。
かつてのような「祝祭性」や「偶然性」がなくなっていると感じたからだ。

  1. 遊ぶことだけにフォーカスを絞って、一時的な損得勘定で、合理的に立ち振舞う人たちとその人間関係
  2. 作曲家ブーレーズがいうところの「管理された偶然性」のように、新規女性を優先的に常連と遊ばせようとする、一部店舗による常連偏重の営業体制(生行為の温床になりうると警鐘を鳴らした)

これらに対し、いつしか私は嫌悪感を抱くようになった。
それは哲学者サルトルのいうところの「嘔吐」である。

ハプバーは個人の損得勘定を超え、合理性から逸脱したところに、その本質があるようと考えている。

そのような精神は失われてしまったのか?
しかし、2つの声が私に木霊(こだま)する。

「装え、汝の親愛なる魂を」
「IDにバイアスをかけろ」

「Bias The ID」のプロダクトリリースが楽しみである。

【了】

【更新履歴】
2022/07/22/12公開
2022/09/11新サイト転載

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