【神は細部に宿る】鴨葱ラーメンとハーネス東京

2022-05-19

これまで2回にわたりハーネス東京をコラムで取り上げてきたが、この度、来店する機会に恵まれたので、以前より予告していたとおり、第3回目のコラムとして、実店舗での体験を紹介したい。

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実店舗でのレビューに入る前に、おさらいとしてハーネス東京の概要を説明させていただきたい。
ハーネス東京の特徴は女性有料(初回無料、以降は3,000円)であることと、店内のインテリアが豪華であることだ。詳細については、上に記載した2回のコラムをご参照いただければと思う。

それでは実店舗での体験を当方の足取りと共にお届けしていこう。

まず、家を出る前に店舗の場所を確認しようとWebサイトを確認した。
住所は非公開なので、最寄り駅の上野で降り、所定の場所に到着したら電話で連絡するよう案内があり、とりあえずは上野駅を目指すこととした。
しかし、JR山手線で上野駅を向かう最中、あることにふと思いついた私は、衝動的に御徒町駅で下車した。

上野駅の一つ手前で降りたのは、御徒町駅の近くに「鴨 to 葱」という、以前より行こうと思っていた、人気のラーメン屋があることを思い出したからだ。
ハプバー前の事前ラーメンというわけである。

人気店であるため行列を覚悟していたが、昼過ぎという時間もあってか、私も含めて2名程度が並んでいるだけで、ほどなく店内に案内された。鴨コンフィ麺をオーダーし、出来上がりを待つまでの間、ラーメンについての案内書きを読んで時間をつぶすことにした。

案内によれば、鴨と葱と水だけで作られた無化調のラーメンであるという。
さぞかしこだわり抜かれた一品であろうと私は期待に胸を躍らせた。

期待と妄想で少しの時間が経過したころ、私のもとにラーメンが運ばれてきた。
そこにはミニマリズムの極致ともいえる風景があった。
ラーメンとはいっても、二種類の葱と鴨肉が、小さめの丼に綺麗に並べらているだけなのである。禁欲的であるが故の官能さを感じずにはいられなかった。
それは「ヤサイマシマシニンニクカラメ」などというマントラのようなものを唱えてオーダーする、マキシマリズムの象徴ともいえるような、かの有名なラーメンとは対極的ともいえる世界が私の前に立ち現れた瞬間であった。

次の瞬間、私は店の外にいた。ラーメンを食している時間は、そのように思えるほどの刹那であったからだ。コラムの執筆にあたり、どのような味覚を体験したのか、必死に思い込みしてみることした。
それは、鴨と葱と麺が完璧に調和されており、きわめて抑制的な味付けであるが、超新星(スーパーノヴァ)のようなインパクトもある。そして、全き新しい世界のようでありながら、既視感にも似たやすらぎがあるというような感覚であった。あの刹那の淡い記憶から、そのような体験が臨場感をもって呼び起されたのだ。

はっきりと言えることは、このラーメンは既存のラーメンと同じカテゴリで語るべきものではないということだ。(その意味では、マキシマリズムの権化のような、あのラーメンと同じである)

鴨葱ラーメンを食した私は、単に食欲だけが満たされたのではない、何とも不思議な気持ちに憑りつかれていたようであった。
鴨葱ラーメンがそうであったように、ハーネス東京でも、人間の本源的な欲求だけでなく、高次元の感情までをも充足されるのではないかという期待感と共に私は上野駅へ急いだ。

上野駅に辿りつくと電話で連絡を取り、店の場所を教えてもらった。
地下鉄の出入り口にほど近いため、駅から店までの道のりにおいて、上野や御徒町といった古い問屋街特有の雑然とした雰囲気はまったく感じられない。例えば、御徒町駅を降りて、ハニートラップへ行くまでに感じるであろう、あのような情緒とは無縁なのである。
自宅の最寄り駅から電車に乗り、上野を地下鉄で降りたら、すぐにハプバーにたどり着くという不思議な感覚である。
(新宿のアラベスクに行ったことがある人なら分かるはずだ)

そのようして、上野の情感がないままに、私はハーネス東京を訪れた。ハーネス東京が入居する建物は歌舞伎町のハプバーにあるような近寄りがたい雰囲気ではなく、どこにもであるような小規模なビルであるので入りやすい。
しかし、受付はハプバー特有の何ともいえない、あの後ろめたい印象を受けるのだ。それがかえって、禁じられた世界に足を踏み入れるための心のスイッチになっているかもしれないと思える。

受付で案内を終え、靴からスリッパに履き替えて、店内に案内されると、そこには見たことのない新しい世界が広がっていた。

実のところ、ハーネス東京に行く前から、豪華な店づくりであるとの評判を周囲から聞いていたのだが、少し不安感もあった。それは夜の店特有のお金に物を言わせたような下卑たインテリアではないだろうかと心配していたのである。実際にそのような内装のハプバーも存在するからだ。
Webで案内されているように、内装に石をふんだんに使用したというコンセプトも、一昔前の高級鉄板焼店のようなイメージを喚起し、私の不安をさらに助長させた。

しかしそのような不安とは無縁であった。ラグジュアリーという言葉では到底言い表せすことのできない調和的な空間が存在していたからだ。

遠近法な錯視を意図して設置されたであろうサイズ違いのシャンデリアや、高価な工芸品のようでありながらも、どのような手法やマテリアルで作られたのか想像もつかないばかりか、有機的とも無機的とも感じられるバーカウンター、いままでにハプバーでは見たこともない、おそらく外資系高級ホテルのスイートでしか見かけないであろうシャワーユニットなど、挙げればきりがないが、そのどれもがラクジュアリーという表層的な言葉では表現できない独特の存在感を放ちつつも、ハプバーとしての空間のなかで、完全に調和しているのである。

なぜそのようなことが実現できたのであろうか。オーナーから話を伺うことで疑問は氷解した。
オーナーが理想として思い描くハプバーを空間として具現化するために、ハーネス東京を一から設計して作り上げたというのだ。

考えれば、ハプバーというのは不思議な空間である。バーのレイアウトを基本にしつつも、ロッカーが設置してあったり、シャワーが用意されていたり、ルームが複数あったりするのである。およそ地上に存在する空間ではないのだ。
私はそれを古代ギリシャの吟遊詩人ホメロス1古代ギリシア文学史の劈頭を飾る二大英雄叙事詩《イーリアス》ならびに《オデュッセイア》の作者と伝えられる詩人。生没年不詳。英語ではホーマーHomerという。彼は古代人によって,たんに〈詩人〉といえばただちに彼を意味するほどの最高の詩人と評価され,その二大叙事詩は,古代ギリシアの国民的叙事詩として,文学はもちろん,宗教,思想,美術等にはかりしれないほど大きな影響を与えた。(世界大百科事典)によって書かれた叙事詩『イリアス』2《オデュッセイア》と並ぶ,ホメロスによるギリシア最古の長編叙事詩(前8世紀中ごろ,1万5693行)。神話伝説的にはヘシオドスが《農と暦(仕事と日々)》でいう英雄時代,歴史的にはミュケナイ時代(前1600-前1100)を背景に,トロイア戦争を題材にする。(世界大百科事典)に登場する怪物キマイラに擬えたい。

ハプバーの店内レイアウトというのは、このような怪物に喩えられるほど、現実の世界には存在しえないくらい奇妙なものである。

しかし、ハーネス東京は怪物キマイラ3ギリシア神話の怪物。ヒドラ(水蛇)あるいはエキドナ(蛇女)の子とされ、ホメロスによれば頭部は獅子 (しし) 、胴体は牝山羊 (めやぎ) (ギリシア語でキマイラ)、後部は竜、またヘシオドスによれば、獅子と牝山羊と竜蛇の三つの頭をもつ合成怪獣とされる。口から火を吐いてはリキアの人畜を苦しめていたが、英雄ベレロフォンに退治された。(日本大百科全書)をミロのヴィーナスに変えてみせた。
それは不調和のシンボルであるキマイラを、黄金比で調和を象徴するミロのヴィーナスに変容させたということに他ならない。
(もっとも、キマイラのような混然とした魅力も否定するところではない)
つまり、ハーネス東京は、ハプバーにおいて初めて空間デザインの概念を応用し、店内レイアウトの黄金比を実現するという快挙を成し遂げたのだ。

写真はWikipediaより

そのようなハプバーとしての黄金比は随所にみられる。例えば配管などの問題で床に不自然な高低差があったり、天井が部分的に低かったりするようなことはない。動線に問題があって、人がすれ違うことにより、窮屈に感じるようなこともない。ロッカー周りが狭かったり、シャワーへのアクセスが悪かったすることもない。
店のどの場所にいても、従来のハプバーという空間に由来するストレスは全くない。あるのは、こだわり抜かれた照明やチェアやテーブルなどから受ける高い次元での身体的・心理的なフィードバックだけだ。

もはや、ハプバーというカテゴリー超えて、空間デザインとして、ひとつの完成形ではないだろうか。そのような賛辞を贈ったとしても大げさではないのだ。
フリードリンクで供されるプラスチック製のコップ一つとっても、いままでに他の店で見てきたようなものとはまるで違う。(もちろん、有料ドリンクで使用されるグラスは極めて高価なものである。話は逸れるが、ハーネス東京ではブランデーに力を入れている)
そのことによって、特別な空間に自分がいて、特別な体験のために、特別なコミュニケーションが必要であることを意識づけられるのだ。

このように話を進めていくと、ハーネス東京を言い表すうえで、ラグジュアリーという表現はあまりにも表象的なものにすぎないということに気づく。豪華の一言で片づけられがちな店内の印象は、特別なコミュニケーションを楽しむ空間を追及した結果なのだ。
そう考えると、これだけディティールにこだわりを見せながらも、マテリアルに拘泥したフェチシズムや安易な機能美には陥らず、かといって、耽美主義に淫するわけでもなく、抑制的でありながらも官能的であり、それでいて、自然に調和の取れた空間が実現されている理由がはっきりと理解できる。

そういえば、オーナーとの会話で、「空間によって意識を規定する」といった趣旨の話題があったと記憶している。ハーネス東京では、ハプバーで特別な体験や上質なコミュニケーションを楽しむための空間デザインを実現したというのである。
店内のインテリアに気を取られていたせいかもしれないが、店内での細かいルール説明のようなものはあまりなかったような気がする。空間そのものがルールを規定していると考えればそれもそのはずだ。

ここまでくると、既存のハプバーという概念でハーネス東京を語るのはおかしいのかもしれない。詳細は明かせないが、他社とコラボレーションしたビジネス展開も企画されているようだ。これは実際にいままでのハプバーでは到底考えられなかったことである。
冒頭でハーネス東京の特徴として挙げた、女性の入場料が3,000円であることに触れることは、もはや意味がないことはお分かりいただけるだろう。

気が付くと店の外にいたと書けば大げさであるが、ハーネス東京での出来事はあっという間の体験であった。

そして、私は2つの後悔といっしょに帰路に就いた。
鴨コンフィ麺とセットで小親子丼も頼んで食べておけばよかった。
アンティークのシャンデリアが仄暗く灯す、あのルームに入っておけばよかった。

そうして大好きな言葉を頭に思い浮かべたのだ。

「神は細部に宿る」

【了】

【更新履歴】
2022/05/19公開
2022/09/10新サイト転載
2022/09/28脚注追記

  • 1
    古代ギリシア文学史の劈頭を飾る二大英雄叙事詩《イーリアス》ならびに《オデュッセイア》の作者と伝えられる詩人。生没年不詳。英語ではホーマーHomerという。彼は古代人によって,たんに〈詩人〉といえばただちに彼を意味するほどの最高の詩人と評価され,その二大叙事詩は,古代ギリシアの国民的叙事詩として,文学はもちろん,宗教,思想,美術等にはかりしれないほど大きな影響を与えた。(世界大百科事典)
  • 2
    《オデュッセイア》と並ぶ,ホメロスによるギリシア最古の長編叙事詩(前8世紀中ごろ,1万5693行)。神話伝説的にはヘシオドスが《農と暦(仕事と日々)》でいう英雄時代,歴史的にはミュケナイ時代(前1600-前1100)を背景に,トロイア戦争を題材にする。(世界大百科事典)
  • 3
    ギリシア神話の怪物。ヒドラ(水蛇)あるいはエキドナ(蛇女)の子とされ、ホメロスによれば頭部は獅子 (しし) 、胴体は牝山羊 (めやぎ) (ギリシア語でキマイラ)、後部は竜、またヘシオドスによれば、獅子と牝山羊と竜蛇の三つの頭をもつ合成怪獣とされる。口から火を吐いてはリキアの人畜を苦しめていたが、英雄ベレロフォンに退治された。(日本大百科全書)

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