追記（2023/12/06）
ボラプチュアスについて、Xのアカウントを運用していない旨した記載したが、事実誤認であったため訂正のうえお詫びさせていただきたい。
もっともXの運用とは言っても、Webに掲載されている週末イベントの情報を転載して投稿しているだけであり、SNSとして活用している様子は見受けられない。
その意味では、本稿で指摘した「ノーSNS」というコンセプトであることに相違はないように思われる。
「ノーSNS」、「ノー深夜営業」、「ほぼ毎日朝営業」
実際このような明快なコンセプトによる差別化が奏功し、ボラプチュアスは注目を集めている。このコラムの閲覧数が安定して増加していることは、その証左である。
官能に溺れる
今月の11月25日、新宿歌舞伎町に、ボラプチュアスという名前の新しいお店がオープンする。
voluptuous（ボラプチュアス）というやや聞き慣れない単語は、「官能的」という訳語を当てるのが適切であるように思う。その理由も含めて、今回は言語学的な視点で、新店を分析していきたい。
voluptuousは、ラテン語や古フランス語に由来する言葉であり、 「官能的な喜びに溺れる」という用例が、15世紀半ばに記録されている。
ボラプチュアスは、いかにもラテン語由来といった堅苦しい印象の言葉であるが、その実「人間本来の欲望に耽溺する」という意味合いを持っており、何ともアンビバレント（二律背反）である。
しかしそれは店のコンセントそのものであると、私には思えてならない。
たとえば、公開されたばかりのWebサイトには、詳細な住所は公開されていないし、店内の様子を知らせる写真もない。
ここのところは、アンダーグランドなお店であっても、情報発信に力を入れて、門戸を広げる傾向にあるが、ボラプチュアスのスタンスはそれとは異なる。
店名と同様に、どこかとっつき難いインプレッションをユーザーに与えるWebサイトなのである。
しかし名は体を表すという言葉を忘れてはならない。
繰り返しになるが、ボラプチュアスといういささか古風な言葉には、「官能的な喜びに溺れる」という意味が込められているのである。
ボラプチュアスという古めかしい店名も、そして情報を制約したWebサイトも、SNSを重視する既存店とは差別化を図り、敢えてハードルを高くすることで、濃密な空間を実現するための戦略であるように考えられるのだ。
セグメント・マーケティング
ボラプチュアスのもう一つの特徴は、営業時間である。
執筆時点でWebサイトに公開された情報によれば、週末も含くめて営業時間は10時〜24時となっており、深夜営業はない。そして、週末料金は設けずに、夜の部は一律12,000円という価格設定である。
近頃は「朝活」なる言葉で、午前からの営業がイベントと化しているが、ボラプチュアスは通常営業として朝10時からオープンする。朝の部の営業時間は10時〜19時となっており、閉店時間が24時ということを考えれば、十分な滞在時間である。
また朝の部の料金は、10,000円となっていることから、夜の部の料金と平仄を合わせたものと考えられる。
これは営業時間を日中時間帯に絞った、特定のセグメントに向けたマーケティングであると推測できる。
いわゆる「朝活イベント」をやっている既存店にとっては、安定して朝から営業しているボラプチュアスの存在は脅威になりうる。
アンダーグラウンドのルネサンス
歌舞伎町といえば、先月10月末にアンダーグラウンドの歴史にその名を刻んできた、名店ブリスアウトの閉店が記憶に新しいことだろう。
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【アングラ建築論】ブリスアウトの移転について
そして一カ月の時を経て、歌舞伎町にボラプチュアスが「再生」する。
ボラプチュアスは、店舗スペースや、アンダーグランドの現況、既存他店の同行を綿密に分析し、ターゲットとなるユーザー層を特定し、最適な営業時間、価格体系を設定したように思う。
これらは新店であればこそ実現できたアップデートである。
しかし、ボラプチュアスは新しいお店であっても、その店名と同じように、どこか古めかしいアンダーグラウンドの雰囲気をしっかりと引き継いでいるように、私には思える。
人間は本能のみで生きる動物とは違う。
しかし本能に従い、それに溺れる時間があってもいいはずだ。ボラプチュアスはそのような空間を提供する。
人間は動物とは異なり強い自意識があるので、本能的な快楽に浸るには、やや遠回りな知的操作や、面倒な手続きが必要だ。
ボラプチュアスは、アンダーグランドが、そもそも知的な大人のみに赦される洗煉された領域であったことを、我々に思い出させる。
限られた人だけの遊びであるから、限られた空間と時間でーー
しかし、その分だけ濃密に。
ボラプチュアスは官能に溺れるーー
【了】