すべてはハプニングからはじまる
それは「ハプニング」とでもいうべき、偶然がもたらした奇蹟だった。
嬉嬉とんかつ『君に、揚げる。』(極)という、とんかつ屋さんとの不思議な出逢いのことである。
すでにお気づきのとおり、今回のコラムはいつものお店ではなく、とんかつがテーマだ。
ハーネス東京がつなぐ不思議な縁
「嬉嬉舞台とんかつ『君に、揚げる。』(極)」という奇妙な名前(以下、「君に、揚げる。」)のとんかつ屋を知るきっかけになったのは、ハーネス東京である。
定期的にTwitterのタイムラインにとんかつの写真が流れてきたことから、オーナーの行きつけのお店として、以前より印象に残っていたのだ。
そして9月のイベントでは、25日昼に「君に、揚げる。」とのコラボで限定のカツサンドが振舞われたり、30日開店前の女子会では、弁当が提供されたりすることから、コラムで中心的な存在として取り上げていたのである。
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【9月の新展開】ハーネス東京(極)と公式スペース
もっともこの段階ではお店に行く機会には恵まれておらず、コラムを公開してからは、そのことが胸につかえるような思いであった。億層だけで物事を書くことに後ろめたさを感じていたからである。
しかし、事態は急変する。
ふとしたきっかけで、久々に飲み屋(いわゆる「界隈の店」ではない)に行き、しばらく連絡を取っていない友人と再会を果たしたからだ。
ときおり思い出したように連絡を取ってはいたが、コロナの影響もあり、お互いに会うことを躊躇していたのである。
偶然、そして奇蹟
その友人と思いがけなく再会した。
しかし偶然はそれだけでは終わらなかった。
会話の中で少し前に引っ越しをしたという話を聞いた。
場所を尋ねると不思議と聞き覚えのある地名だった。
「君に、揚げる。」と同じ場所だったからである。
「君に、揚げる。」について話題にすると、極めて近所なので毎日行列になっているお店として認識はしているが、実際に行ったことはないということであった。
そして次の瞬間には明日「君に、揚げる。」へ行く約束を結んでいたのである。
合理化の目指すもの
次の日、約束された時間にお店の前につくと数組が待っていた。その列に並びながら、私は連絡を取り友人の到着を待った。

ほどなくして合流すると、少し並んでいる人はいたが、ちょうどいいタイミングで店内に案内された。
かといって、席へ座ることを許されたのはない。
大きなディスプレイの最新型の食券機と対面することになったのである。
店名の「嬉嬉豚」のほかに「荏胡麻豚」「幻の原生林豚」がメニューから選べるようになっている。「幻の原生林豚」にもひかれたが、まずはオーソドックスに「嬉嬉豚」を選択し、その中から「嬉嬉豚リブロース250g」を注文した。
食券をスタッフに手渡そうとすると、再び店外で列に戻って並ぶよう案内された。
食券を購入した時点でオーダーを把握できるようにシステムになっているのだろう。
久しぶりの再開で、話に花を咲かせていると再び店へと通された。
今度は席に座ることを促されたのである。
席に座り、置いてある案内書きを読むと、とんかつの提供には16分~20分の時間がかかると書いてあった。

また3種類の豚についても説明があった。



そのような話題で盛り上がっていると、思ったよりも早くとんかつが目の前に運ばれてきたのである。
どういうことだろうか?
食券機に秘密があると思った。
とんかつの揚がる時間とお客さんが食べ終わるタイミングを見計らって、並んでいるお客さんに食券を購入してもらうのだ。
そこから次のとんかつを揚げ始めるので、着席してすぐに揚げたてのとんかつが食べられるという仕組みになっているようだった。
合理的なシステムを導入することにより、最高の料理を最高の状態で提供していたのである。
「食べる人たちに喜んでもらいたいという思い」

たしかに案内書きにはこのようにある。
しかしそれだけではなく、生産者や豚に対する想いでもあるような気がした。
合理化の先にあるのはそのような大切な想いだった。
「君に、揚げる。」という店名に偽りはなかった。それも(極)である。
自称とんかつマニア語る
ところで、とんかつについては、多少のマニアを自称している。
というのも、台東区を中心に老舗店には足を運んでいるし、港区にあるような新進気鋭の話題店もチェックしているからだ。
仮にとんかつ屋に会員カードがあれば、それを全て並べた写真をTwitterで公開しているに違いないだろう。何かでよく見かける風景のように――
とんかつという料理は面白い。
豚肉をパン粉にまぶして揚げるだけのシンプルな料理にも思える。
しかし奥は深い。
肉の温度、パン粉の種類やつけ方、揚げ油の種類や温度と時間、油の切り方など、様々なパラメータが存在し、それぞれが複雑に関係するからだ。
お店で見る限りは単純なオペレーションのようにみえるが、血のにじむような試行錯誤と経験がなしえるひとつの奇蹟である。
家で材料だけを買ってきても到底実現できない。揚がったとんかつをきれいに切って盛り付けることすらままならないだろう。
そして、とんかつは明治時代に生まれ、古いフォーマットであるにもかかわらず、新しい価値観が創造されている料理であるようにも思える。
あたらしいとんかつ
既存のフォーマットのなかで新しい価値観に挑む。
「君に、揚げる。」は間違いなく、そのようなことに取り組んでいると思った。
とんかつが運ばれてくるや否や、そのように直感したのである。
なぜだろうか?
少しだけ赤みの残る肉の断面を見せる盛り付けと、淡いきつね色の衣からそのように判断したのである。
おそらくではあるが、低温調理の手法をとんかつに取り入れていのではないだろうか。
とんかつの断面や淡いきつね色の衣からはそのようなことが想像できる。
実際に食してみると肉が瑞々しいのだ。脂の旨味ではなく肉そのものの味わっているという実感である。
脂身の部分もおそろく癖がない。そのためロースではあるがヒレカツを頼んだのではないかと錯覚したほどだ。
そして、衣も軽やかである。老舗店のように揚げ油にラードやごま油は使わずに、菜種油やコーン油でさっぱり揚げているのだろう。だから、店内もとんかつ屋特有の匂いがしないし、服にそれが付くということもない。
その足で「ハーネス東京」に行ってもいいのだ。
繰り返しになるが、「君に、揚げる。」は旧来のフォーマットで新たな価値観の提示を成し遂げた。クラシックなスタイルを否定するものではないが、私の目の前にあるのはいわゆる「むかしのとんかつ」ではないのだ。
そういえば、先日、どこかのお店の公式スペースでも、既成概念を打ち破った新しい店作りを提唱していたオーナーがいたような気がする。何かの偶然ではないはずだ。
ここまでくると、もはや味について語るのは野暮なようにも思える。
嬉嬉豚がつなぐ
多少の会話を楽しみながら食事を終えて席を立とうとしたその時であった。
「テーブル席に案内できなくてすいませんでした。」と声をかけられたのである。
実は私と友人と、その友人のつれの3人で来店していたのだが、席を案内された際に、奥に空いているテーブル席があったにもかかわらず、何らかの理由によってカウンターへ誘導されていたのである。
ほんの少しの心遣いであるが、私には嬉しかった。
「ご馳走でした。美味しかったです。」と応えて、清々しい気持ちで店を出た。
「またお願いします」とリピート宣言をしなかったのは、いつものお店での流儀である。
すべてのきっかけになった「ハーネス東京」だ。
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【新展開】ハーネス東京、高級SM グッズブランド、リーベゼーレとのコラボを共同発表
以前にもコラムで書いたが、「ハーネス」という言葉には「つなぐ」という意味もあり、荷台と馬をつなぐ「馬具」を表す言葉でもある。
n.
1 (馬・牛・犬など引き荷用動物の)引き具,馬具.
5 馬具に似た形のもの.
(1) 犬の首輪.
(2)(航空機・自動車などの)安全ベルト.
(3)(パラシュートの)背負い革.
(4)(乳母車の)安全ベルト.
(5)(赤ん坊を抱いたり,おぶったりするときの)おぶいひも.7 ((古)) (人・馬の)鎧(よろい);武具.
━━ v.t.
1 〈馬・ロバ・犬などに〉引き具[馬具]をつける,(乗り物などに)引き具でつなぐ((to ...))
2 〈自然力を〉動力化する,利用する((to ...))
3 ((古)) 〈人に〉鎧[武具]を着ける.
小学館 ランダムハウス英和大辞典
そう考えると、今回は馬ではなく嬉嬉豚がつないだようにも思える。
友人との交流再開をである。
嬉嬉豚がつなぐのはそれだけではない。
店と店をつなぐのである。
冒頭でも紹介したが、9月は「ハーネス東京」と「君に、揚げる。」のコラボイベントが目白押しである。
25日の昼には限定のカツサンド、30日開店前の女子会では特製の弁当がお店で提供される。
カツサンドや弁当で出される冷めたとんかつを不安に思う人もいるのではないかと思う。それは肉の脂身が冷えてしまうと舌触りが悪くなり味が重くなってしまうからだ。
しかし、「君に、揚げる。」はそのような懸念とは無縁であろうように思う。
そもそも脂身が少ないし、揚げ物というよりは、衣の中で旨味を閉じ込めながら蒸し上げた料理であるからだ。個人的には25日のカツサンド(極)が気になるところである。
豚だハプニング
話を回想に戻してそろそろ文章を締めくくろうと思う。
店を出るといつになく晴れやかな気持ちだった。
しばらくぶりの友人との再会、コラムに書いておきながら訪ねる機会のなかったお店への来店、そして美味しかったとんかつ、そのようなことで、いろいろな胸のつかえが下りたような気がしたからだ。
そして普段とんかつ屋で食事をした後の後悔にも似た胃もたれが、友人とのしばしの別れのように恋しくなり、帰路についたのだった。
【了】
【更新履歴】
2022/09/06公開
2022/09/11新サイト転載